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  • 執筆者の写真まつださえこ

信念や覚悟や本懐の長い話

めんどくさい人間の青くさい話ですが、今とても大事なことなので、書き残します。


 


いつも仕事でお世話になっているフォトスタジオでお着付けさせていただいていた時のことです。


シニア世代の方に特化したフォトプランが好評のようで、私もその日は60代〜80代のマダム方にお着付けさせていただきました。


そのうちのお一方がお持ちになったのは、美しい総絞りの淡色の小紋。

数年前の水害の際に、一枚だけ手元に残った着物を念入りな洗いに出し、仕立て直したとのこと。そして、その着物をお召しになったご自身の記念撮影にいらっしゃっていました。

畳紙を開けさせていただくと、お客様から『やっぱり匂いますか?』と。泥水に浸かった着物の匂いを覚えていらっしゃるようで、それがとても気になっていらっしゃいました。匂いや音が記憶とセットになるというのは私も覚えがあるので、お客様のそう仰る気持ちも察して余りある…。『鼻はよく効くんですが、本当にわからなかったです。着物のいい匂いがしています。』と正直にお答えしました。


もうお一方。木賊色の訪問着に、栗皮色の唐織の帯。

娘様所有の衣装の中から、娘様がお母様の為にコーディネートした着物をご準備なさっていらっしゃいました。着物をお召しになるお母様ご本人は、着物に凝りがなく、袖を通すのも50年ぶり。娘さんの強い推しがあって、着物での撮影に腰を上げられたようでした。

「娘に絶対!って言われてしょうがなく来たんだけど、80のおばあちゃんが着物着てもねぇ?」とおっしゃるお客様の呆れ笑いに、私は「そうでしょうか?⤴︎」と微笑みでお応えしました。


 


少し話が逸れますが。

以前、私に「着付けた姿」を「作品」と仰った方がいました。その「着付け姿=作品」という言葉の是非を問う話ではなく、そもそもそこまで着付けを極めている訳でもない未だ半端者なので、是非など到底判りません。しかし、着付けが作品になり得る場面は、確かに在ります。プロモーション撮影であるとか、着付け発表会であるとか、着付けが作品と称されるシーンは数あると思います。しかし、一般的な着付けをご希望の方に対して使う言葉かというと…私はこう思うのです。

着付けは、頭を使います。その方の雰囲気や体格を考慮しつつ、その方のポテンシャルを最大限引き出せるよう、また、終始心地よくお召しになっていただけるよう、黙々と思考をフル回転しているのが着付師だと自負します。着付けの最中は確かに技術を駆使しているので、それが作品を作る工程といえないこともない。しかし、着付けを終えて、ひとたびお客様から手を離した瞬間からもうそれは作品ではなく、その人そのものです。着付師の技術が駆使された着付けを作品というならば、その作品に血を通わせ、陰影と深み、彩を与えているのは中身の人間です。3歳なら3歳の愛らしさと生命力、20歳なら20歳なりに歩んできた人生の酸い甘い、80歳なら80歳の大木の年輪のように重ねられた人生の苦楽を、みごとに投影するのが着物姿だと私は思っています。それを作品とは、私は言い難い。体温と乖離したモノクロな表現に感じます。例え、作品を仕上げるが如く着付けの技術を施したとしても、着付け終えた瞬間に着付師の思惑は浄化され、着物をお召しになった方自身のポテンシャルで美しい花が咲くのだと、そのように私はイメージしながら着付けを行なっています。


なんの為にこんなに時間を掛けて磨いている技術なのか、その先に待つ人の体温を忘れてはいけない。


 

先にお話ししたお二方は、取り巻く環境も、着物への執着も、撮影に寄せる思いも、何もかもが違っていらっしゃいました。しかし、着物姿の佇まいは、お二方とも軽やかさに満ちていらっしゃいました。それぞれの優しさや力強さや人生の悲哀ともいえる奥深さをそのまま纏っていらっしゃいました。そんなお客様方から頂戴した着付師として誉ともいうべきお言葉。その言葉を自分のものにしてしまうような無粋な真似は絶対にしたくないと、このごろ心底思うのです。着付けを褒めてくださった方に、着付師としても人としても恥じない佇まいで在りたい。自分の着付けで微笑んでくれた方をがっかりさせたくない。褒め言葉は、全ての着付師の価値を前進させるものとして真摯に受け留めたい。


そして。


飾らず、衒わず、臆病にもならず、目の前にいるお客様の為だけに目を凝らし、手を動かし、頭を使い切る。お客様の空気を限りなく尊重し、私という人間の主張は削ぎ落として。サービスに逃げず、着物愛に逃げず、技術のみでお客様の心情を上向かせ、ポテンシャルを引き出す着姿にして差し上げたい。それが、私の思う着付師という職のあり方であり、本懐と考えています。いまのところ。



 


娘が自分で結んだ文庫結びに舌を巻いた日。自分はすごく苦労してたどり着いたことも、他の人にとっては易々とできてしまうこと多いよねと、顔で笑って心で泣きました。

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