• まつださえこ

雑談① 恥ずかしかった話と装いのこと

こんな時世ですが、数年前にお声かけいただいたお仕事のため、京都へ馳せ参じておりました。諸々のお叱り批判には平身低頭。旅の所感と反省を、忘れないうちに残します。今の所、身体は平常運転です。


お仕事といっても、今回は着付師業でなく。娘がお稽古をつけていただいている藤蔭流師範の松田先生を1日アシストするという、いわゆる身の回りのお世話役です。

(同じ松田先生でも人間と格が違いますので、以下お間違えなく。)


9月5日。先斗町歌舞練場で行われた『京の会』。

全ての舞踊流派の宗家や師範が競演するという会で、藤蔭流は御宗家と松田先生がご共演なさいました。素人の私が想像しても、お互いにイヤな汗をかきそうな会です。お付きが居ないと何かとよだつバックヤード、コロナを憂慮して世話役は1人だけということで、(何故か)松田のおでこにブシュッと白羽の矢を当てていただきました。



私は舞踊着付けに憧れがあるので、裏方を拝見できるなぞ願ったり叶ったり。ワクワクしながら伺いました。が、まぁこの最初の動機が甘かった分、帰りの新幹線で自分にガッカリすることにはなりました。


私は着付けができるだけの世話役で、日舞に関しては無知な粗忽者です。礼節をもって臨む、と思い張り巡らせていたところで、結局「常に足りていない」という出遅れ感は否めなかったですね。仕方ないと思いながらも、あの場では瑣末な存在だったなぁという薄ら恥ずかしさは、日が変わっても後を引いています。


<礼節は言葉や佇まいだけでなく、その場に釣り合うだけの知識があることも含まれる>

どんなに丁寧な対応を心がけようと、日舞に対する私の無識さは、周りの方々に透けて見えていたでしょう。せめて、お隣に御出での方が、人間国宝の井上八千代氏とその御一同様であることに、すぐさまピンとくるべきでした。嗚呼もぅ思い出すだけでもイヤだ。地味に恥ずかしい。

正座の姿勢にも、視線の置き場所にも、その場に無知な私が現れてただろうなと思うと、心底ガッカリです。思い煩っても仕方ない、人間力は恥をかいてこそアップデートされると思って、次回に繋げます。


とはいえ。

数年前に東京の国立劇場へお供した時よりも、「装い」にはだいぶん気が回るようにはなったと思っています。先生よりあらかじめドレスコードをご指示頂いておりました、単衣の色無地に夏名古屋。


紋がついてなかったので、取り急ぎ縫い紋をつけていただきました。


この装いでも、やはり格ー敬意ーが足りなかったという心残りはありますが、お世話役としては許されたでしょうか。


関係者以外立ち入り禁止の世界。訳あってお声がかかった以上、なんとか装いだけでも場違いを避けたかった私。京都がどんなところか、この数年で少し理解できていたことだけが救いでした。


雑談をしばらく続けます。次回、舞台のことなどを少し。



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